てぼんやりしていた。とうとう扉に手をかけた川上忠一は、決心してわめいた。「あたいは帰るよ、いいかい? 父《ちゃん》の晩飯を炊《た》かんきゃならねえし――それに、あたいの家がなくなっちまうからよ!」それを喚きおわるが早いか、彼はぺこんと習慣になった敬礼を残して、扉をはね開けた。一足教室の外に出て教師の眼をのがれたと思うと、子供は一ぺんに重荷をおろした気がし、あとは綱を断たれた野獣のような猛々しさを取り戻して長い階段を一気に駈け下りるのであった。
杉本は暗くなった教室にしばらくそのまま頬杖をついてぼんやり考えていた。彼の意気込みにもかかわらず川上忠一の智能指数はやっぱり八○に満たないのである。測定したあとの、あのもやもやした捉えどころのない不愉快が今はことさら強く彼の頭に噛みついてくるのであった。それが真実に子供たちの運命を予言しうるものとすれば(実験の結果によれば――と当代の心理学者が権威をもって発表する)コノ指数ニ満タザルモノハトウテイ社会有用ノ人間タルコトヲ得ズ。「この社会! この社会!」と杉本は繰りかえした。えらい心理学者や教育学者たちが規準にした「この社会」と、そこから不合格の
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