はり倒してやらあ……」
 そのはげしい語気に衝《つ》かれて杉本は思わず「なるほどなあ」と声をあげ、検査用紙をばさりと閉じてしまった。すると、川上忠一の痩せとがった顔がもう全然別な憂愁《ゆうしゅう》に蔽《おお》われていた。彼は暮色の迫った窓を見つめだした。コンクリートの教室はうす墨いろに暮れていた。ぶるっと身ぶるいを出して彼は血の気の失せた薄い唇を舐《な》め今さらのように教室を見まわした。それから彼は、もはや教師の存在を無視してさっさと腰をあげた。「暗くなってきたなあ――」と杉本は一言つぶやいた。川上忠一はその声にまた突然学校を思いだしたらしく、気味わるげに教師の顔色をのぞきこむのであった。しかし、こんな夕方になっては、どうしてもこれ以上先生の意志に譲歩することができないと思った。「あたいはもう失敬するぜ、何しろ父《ちゃん》が心配するからな」と呟《つぶや》いて自分の鞄を手許に引き寄せた。引き寄せてはみたが、長い間学校に虐《いじ》めつづけられてきたこの子供は、教師の顔色をいっそう覗きこみながら、身体は扉口に進め、首だけはうしろに向いて動かないのであった。杉本は鼠色になった教室の壁を見つめ
前へ 次へ
全56ページ中29ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
本庄 陸男 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング