ごし、それを上下に振り動かしながら口を切った。「智能測定はせなけりゃならん……たのむよ杉本君、まあとにかく君い……」そう言って渡された子供なればこそ――と杉本は思うのであった、校長が無雑作に決めた低能児の認定を、いわゆるビネー・シモン氏法によって覆《くつが》えしてしまいたいのだ。もしもそれが、当代の実験心理学が証明する唯一の科学的な智能測定法と言うならば――。杉本は測定用具と検査用紙を教卓に投げおき、「なあ川上――」と子供の頭に手をおいた。「お前の父《ちゃん》はどんな仕事を毎日してんだ?」一日の仕事に疲れきってはいながらも、彼はその子の冷たそうな唇を見つめて答えを聞きのがすまいとするために、ぶるぶると身体を緊張させていた。
川上忠一は首をすくめて、できるだけ教師とその視線を合わすまいとしていた。彼は徐々にその眼を窓の外に移して行った。放課後まったく子供のいなくなった校舎は、しーんと静まり、かえってそのしーんとした静寂が耳につくのであった。
「え? 川上?」とさらに教師は答を促《うなが》して彼もまた窓外のうすれ行く夕陽の色に眼を移していた。川上忠一は何か決心したようにあわてて着物の襟を
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