杉本は上着を投げ捨てていた。彼はナイフの刃を壁にあてた。白い粉がざらざら削り落され、そのあとにはコンクリの生地が鼠色に凹んで行った。白くしなければならぬという考えが裏切られることに腹が立つのであるか――杉本は額から汗を流して昂奮した、そして自分のおおげさな激情のばからしさにいっそういらだっていた。
 その時突然冷水を浴びたように騒音が消えるのであった。杉本は枕を蹴とばされたような駭《おどろ》きに周囲を忙しく見まわす、すると彼の鼻先に、白髪あたまの校長がずんぐり迫っていた。
「何をしとるかね?」と校長が訊ねた。
「壁はまっ白にしなきゃならんですからね――」
 冷然と疑り深い眼を角立てていた校長は、いかにもわざとらしく神妙をよそおって各自の席についた子供たちを、まんべんなく一瞥した。杉本はその眼につれて自分も子供たちを見まわし、「なあ、皆あ――」と話しかけた。「壁は大切なもんなんだからなあ――」
「うん、そうだよ、大切だよ」と一番先頭の席にいた福助そのままの阿部が、さっと立ち上るなり大きくさいづち[#「さいづち」に傍点]頭を頷かせた。校長の顔がそれに向きなおり満足らしくたちまち瞼を細くする
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