…さえ植えられていた。おずおずと教師に近づいた元木は、「おい、お前は!」と叫んで、がっちと自分の肩を押えた杉本を見あげるのであった。彼は教師の顔色からそれが怒りだす気持でないのを敏感に見て取ると、「先生――あたいは画がうまいだろう?」と言い放った。杉本は唇を噛んでまるで歔唏《すすりな》きを堪えるような顔をした。すると元木は教師の腕をとらえて「先生、あたいの絵よくできてんのかい?」とまた催促した。しかし杉本は急《いそ》がしく瞬きしながら言うのである。
「はやく消さなきゃ、元木、校長先生にどやされるぞ」
それを聞くと彼は「や!」と叫んでとび上った。「いけねえ――あ、いけねえ!」
たった一人のその声で教室じゅうが一時にざわめきだした。いけねえと気づいた時、彼らの頭にも反射的に消さねばならぬことが浮んだ。そう思うと彼らは一刻もじっと耐えることができなかった。白墨をこすりつけてみた、雑巾を一なで撫《な》でまわした子は泣きだした。二三人の子はばけつの尻を鳴らして水汲みに駈けだした。
厚いコンクリートの壁を揺ぶって、この騒音はふたたび全校舎にとどろいた。しかしここでは全員が一生懸命なのである。
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