……まかれてしまうよう!」
一人の子供の尿意がたちまちすべての子供に感染した。「先生あたいも」「あっ、まけそうだ」「やらせなきゃあ垂れ流しちまうから」「あたいもだあ」そう口々に連呼しながら彼らは廊下に駈けだした。もはや成り行きに委《まか》せるよりほかはなかった。杉本の耳はがんがん遠くなり咽喉はかすれた。彼はぼんやりつっ立っていた。
図体の大きい使丁が物音に駭《おどろ》いて凄い剣幕を見せながら跳びこんでくる、彼は気短かに呶鳴り続けた。この教室の騒々《そうぞう》しさがコンクリートの壁をとおして他の課業を妨害《ぼうがい》するというのである。がなっていた使丁は、自分の声に駭いてきゅうに静まった教室を見まわし、ちょっと気まずげに言い足した――「何ですぜ杉本さん、校長さんが湯気をたててんだからねえ――」
杉本はその間に、やっぱり今日の修身も講談にしようと決心した。修身修身と言ってよろこぶ子供たちもまた、それによって「あとはこの次に」なっていた講談を思い浮べていた。
「先生――大久保彦ぜえ門!」と子供が催促した。「よし、彦左衛門」と杉本は答える。それを合図に子供たちはいずまいを正し、ごくりと唾
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