とを待ち設《もう》けている恰好はしていたが、じつのところそれは何年かの学校生活で養われた一つの習慣であった。低能児はそれにふさわしくぽかんとそうしている。教師もまたぽかんとして子供の顔を一眸におさめていた。
「先生――」と思いだしてまた一人が叫ぶのであった。「さ、早く修身をやろうよ、先生……」
「よろしい、では修身!」
それを聞くと子供たちはがたがた机の蓋《ふた》を鳴らした。彼らは薄っぺらなその教科書をひきずりだす。そして中には足をふみならして何か喜ばしそうに、修身だあ修身だあと節をつけたり口笛を吹いたりした。
杉本は教案簿をぱたりと開く、とそこには、勤勉という題下に三井某の灯心行商がこまごまと書きこまれてあり、「きんべんは成功のもとい」という格言まで書きこまれてあった。杉本は前の日いろいろな参考書を検《しら》べてその教材を準備した。だが今、こんながらん洞の子供の顔を視て彼はしだいにその努力が情なくなり、最後には…………………………、教案簿を閉じてしまう。すると一人の子供がにょっきり棒立ちになった。
「先生!」と彼は叫んで股倉《またぐら》を押えた。「おしっこ、よう、ちえっちえっちえ
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