をのみこむ音が聞えるのであった。教師はもうやけくそ[#「やけくそ」に傍点]になって御前試合の一くさりに手ぶり身ぶりまで加える。その最高潮に達したところで、席の真中にいた一人の子供が、ふたたびぴょこんと立ちあがった。
「先生え……ちょ、ちょっ、ちょっと」
「何んだ? 元木――」
しかし元木武夫はもう自分の席からとびだしてきて、ぬうっと教師の鼻の下につっ立つのであった。そうしたとっぴな行動に杉本は馴れきっていた。彼は元木を無視してさらに話をつづけだした。所在なくなったその子供は教卓に凭《もた》れかかった。そこからしばらく、がくがくと動いている教師の顎を眺め、眺めているうちに彼のだらしない唇のすみからは涎《よだれ》が垂れ落ちた。元木武夫は首をおとした。そして教卓にたまった涎の海に指をつっこみでたらめな絵を描き、その絵がまだ描きあがらぬうちにはたと自分の疑問に思い当った。もはや矢も楯もたまらなくなるのであった。「先生!」とひときわ高らかに叫んで教師の腰にぱっとしがみついた。元木は「大久保彦ぜえ門のお内儀さんは意地悪るばばあだったのかい」と一気に叫びつづけ、「ようよう、よう」とその腰骨を揺ぶる
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