すぐに消されるほど吹雪いていた。腿まではいる雪の中を四つ匐いになって歩いた。ごうっと荒れて来ると、鼻先の亭主を見うしなう。その度に女は細い、だが力を込めた声で呼ばった。
「父《とう》はん、離れずにお呉れ。盗るんじゃない、借りるんじゃ。離れんとお呉れ――」
 腰から下は雪に埋まった男も、その声のする度びに立ち竦む。彼はじっと首を立てて方角を見失うまいとする。心を振り立てて「もうじぎじゃぞお――」と女房を励ました。雪の原野を歩くのは長い時間を費した。やっと辿り着いたと安心した時は、正真正銘この畑に埋められて居る筈の馬鈴薯は、他人の所有物だと考え出した。夜更け、吹雪にまぎれて他家の薯を掘ろうとするのは、全く切端つまったからだ。目印しに立っている棒に捉まって、よろよろしている女房に力づけた。
「この下じゃぞ。」
 負子《おいご》を外した男は、自分でスコップを持ち、女には鍬を握らせた。雪は下になるほど固く凍って居た。しかも上からは休みなく降り、風は平原の涯からうなりを立てて吹きつけ、吹き溜めて居た。掘る片っぱしから埋もれて行く。疲れ切った二人は、只、薯があることだけに必死の力を搾り出していた。

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