「つ、土が出たぞッ!」と男が穴の中で叫んだ。女は鍬を穴の底に打ち込んだ。バサリと燕麦の稈がひっかかった。もう一鍬打ち込んで、彼女は湿った土に坐り込み、両手で矢鱈に掻きまわした。声を低くした男は蹲みかかって
「あるか?」と云った。女は呼吸せわしく長いこと掻きまわしていたが、べたっと尻餅をついた。
「お、おそろしや、一個もないわい――」
「ない?」と男は大声で叫んだ。
「今まであろう筈がない、筈がない――」と女房は身ぶるいして亭主を揺った。吹きつける風の音に自分の声を消されまいと、その頭に噛りつくようにして叫んだ。
「と、とも食いするんかッ! 何処も食うものは無しになった。明日は役場にどうでも押しかけるんじゃ! なあ、父っつぁん!」



底本:「日本プロレタリア文学集・20 「戦旗」「ナップ」作家集(七)」新日本出版社
   1985(昭和60)年3月25日初版
   1989(平成元)年3月25日第4刷
底本の親本:「プロレタリア文学」
   1932(昭和7)年2月号
初出:「プロレタリア文学」
   1932(昭和7)年2月号
入力:林 幸雄
校正:土屋 隆
2001年12月4日公
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