売るものは無茶な安値で、それさえ沢山はなかった。馬も痩せたが、売ってしまった。兵隊奉公の兄にゃが、北海道の百姓になった時、三年の年期で働きためた金で買った奴だったが、兄にゃが帰って来てからどんなにおころうが仕方がなかった。その妹は尋常を出るとすぐ金に換えて町にやった。そうしてがつがつ生命をつなぎ次の年次の年と考えていたが、今年は最早や遣り切れなかった。夏がおそく蒔付けが晩れた。そこへ水害だ。おまけに秋は途法もなく早く霜を降した。
「何処ぞは戦争が起ったそうな。一体どなになるんぞ、ええ?」
「ええ具合に吹雪いて来た――」と亭主は別なことを呟いた。日頃考えていたことを女房に合図した。ざらざらする蕎麦団子を食ってしまった子供に阿母は厳しく申渡した。
「早う寝え! 起きとると腹が減る!」
 子供は筵のような蒲団に潜った。庇の合間から吹き上げて来る粉雪が、ささ……と蒲団から囲炉裏の上に落ちていた。炉端でひそひそ話していた親達はやがてこっそり出て行った。戸外は先の見えない闇夜だ。吹きまくられる雪が真正面から呼吸を塞いだ。たじろいだが、思い切って歩き出した。雪は思った通り深かった。その上足痕は
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