。併し写真機の大きな眼鏡と、見知らぬ人が此処にゐるので犬は益※[#二の字点、1−2−22]恐れてゐる。みんながトリユックの怜悧さうな顔を映したいといふので……アンネットさんはやさしく媚びるやうに笑つて是をすかさん[#「すかさん」に傍点]と試み、園丁は拳固を振り上げて威嚇して見たが、犬は少しも肯《き》くどころか、いこぢになつてお尻の方を写真師に向けてゐる。併しそこは商売柄だけあつて写真師のアンリー・メレーはトリユックがちよつと首を後へ向けた時、がちやん! 犬も見事に撮影されてしまつた。

 今我々は枝葉の翳つてゐる庭園を散歩してゐるのである。この夏は余り暑くなかつたので樹の葉はまだ青々して、(ただ処々に褐色の葉が芝生の上に散点するのみで。)そよそよと吹く北風に戦いでゐる。それが恰もどーどー鳴る濤の音を偲ばせる。……寒がりのコッペ先生は早や鳶合羽の様な外套を着てござる。詩人はこの濤の音と草木の香の中で極めて楽しさうで、而して如何にも満足らしい。先生は、自分が選んだこの隠遁所が余程気に入つたものと見える。而してそれは至極尤もな次第である。如何かと云ふに一生働き抜いて、少しずつ貯めた金で、この
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