してゐます。三人は女の子で私は末子だ。父の僅かな俸給で生活して行かねばならないので、母の苦労は一通りではなかつたのです。当時は今と違つて、金はなくとも役人といふ地位は世間から尊敬されたものであつたのですから、たとへ貧しいながらも、ブールジヨワ階級に属して而して母は「奥様《マダーム》」の権式を捨てたくなかつたのです。そこで母は勇気と切り盛りの巧みさと精励とで何一つ不足のないやうに家政をやり繰りして、行かなければならないので、今日の家庭の主婦の模範と呼ばれる人でさへも、かくまでは行届くまいと思はれるのです。三人の娘はいつも清楚な服装で頑童の僕さへきちん[#「きちん」に傍点]と整つた身なりをしてゐた。時たま親類や友達などが尋ねて来る際には茶も菓子も飛び切りの上等品を出したもので、世間づきあひなども一分のひけもとらない実に立派なものでした。だからこの奥様が下女同様に朝は五時に起きて台所から、家内の掃除、子供等の着物の灑ぎ洗濯迄、一人でするなどとは、誰一人思ふ者はなかつたのです。が月末になるとね……夕飯が極めて手軽でして……併しナプキンは貴族の食堂のそれの如くいつも、真白に光つてゐたものです。而
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