A民法親族編、相続編と同時に議会に提出された。しかるに、衆議院の解散のために両案とも帝国議会の議に上らず、翌三十一年再び第十二帝国議会に提出され、商法は不幸にして再び衆議院解散のために貴族院の議定を経たるのみにて止みたるも、法例、民法第四編第五編および附属法は両院を通過し、民法残部二編は明治三十一年六月二十一日に法律第九号をもって公布せられたのである。
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一○○ 法諺
諺は長い経験から生じた短い言葉で、言わば「民智の粋」(A proverb is condensed popular wisdom)である。故に片言隻句の中にも深遠なる真理を含んでいるものが少なくない。「諺は神の声なり」(Proverbs are the language of the gods)という諺があるが、むしろ「民の声」(vox populi)と言うた方が適切であって、民性に依って諺の種類性質などもそれぞれ異なっているものである。その一例を言えば、法律に関する諺は、西洋にはその数非常に多くあるけれども、日本などには殊に少ないようである。西洋諸国では、法は人民中に自治的に発達したもので、いわゆる「民族法」をなしたものであるから、法律に関する諺も自然に民間に多く行われるようになって来たものである。これに反して、東洋においては、法は神または君の作ったもので、人民はかれこれ喙《くちばし》を容れるべきものでないとなっておったから、法に関する諺が自《おの》ずから人民間には出来なかったものであろう。
西洋においては、法律に関する諺の中に、主として専門家中に行われる「法諺」(Rechtssprichworter[#「o」はウムラウト(¨)付き])または「法律格言」(legal maxims)と称するものと、法律に関する純粋なる俚諺との二種があるが、いずれもその数は非常に多い。例えば、一八五七年にミュンヘン大学が懸賞して、第十三世紀および第十四世紀に行われた法諺を募集し、その後ちバイエルン王マキシミリアン二世の保護に依りブルンチュリおよびコンラード・マウレルの両大家の監督の下にその当選者グラーフ(Eduard Graf)、ディートヘール(Mathias Dietherr)の原稿を合せて一巻となして、王国学士院より出版した「ドイツ法諺」(Deutsche Rechtssprichworter[#「o」はウムラウト(¨)付き])という書があるが、これに載せてある法諺の数だけでも、三千六百九十八の大数に上っていることに依っても、その数の夥《おびただ》しいことが分る。しかし、これらは皆な法学または法術上の格言で、法律の原則を諺体《ことわざてい》の短句としたものであって、広く通常人民の間に行われる法の俚諺ではなかった。今、この種に属する格言的法諺の例を挙ぐれば左の如きものである。
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Ignorantia juris non excusat.
法の不識は免《ゆる》さず。
Abus n'est pas coutume.
悪弊は慣習に非ず。
Gesetz muss Gesetz brechen.
法律を破るは法律を要す。
The king never dies.
国王は死せず。
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しかしこれら第一種の法諺は通常法律書にも載っており、その重《おも》なるものは皆な法律家のよく知っているところであるから、ここにはただ一、二を例示するに止めて置く。
第二種の法諺即ち俚諺もその数は極めて多いものである。これは法学または法術上の原則を言い表わした短句ではなく、何人が作ったともなく、自然に民間に行われるようになったものもあり、あるいは聖賢の語が俚諺となったものもあって、その中には真面目なものもあり、諷刺的、詼謔《かいぎゃく》的なものもある。今ここに最も普通に行われている諸国の俚諺を英語に訳したものを挙げてみよう。
一 一般に法律については、
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For the upright there are no laws.(ドイツ)
正直者に法なし。
Strict law is often great injustice.
(Summum jus, summa injuria.)(キケロの語)
最厳正の法は最不正の法なり。
本邦「理の高じたるは非の一倍」に近し。
Like king, like law; like law, like people.(ポルトガル)
君が君なら法も法、法が法なら民も民。
Laws are not made for the good.(ソクラテースの語)
法は善人のために作られたるものに非ず。
Laws were made for the rogue.(イタリア)
法は悪人のために作られたるものなり。
Nothing is law that is not reason.(判事パウェル〔Powell〕の語)
理に非ざるものは法に非ず。
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二 法律の効力に付ては、
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Better no law than law not enforced.(デンマルク)
行われざる法あるは法なきに如かず。
He who makes a law should keep it.(イスパニア)
法を作る者は法を守らざるべからず。
New laws, new roguery.(ドイツ)
新法定って新罪生ず。
The more laws, the more offenders.(ドイツ)
法多ければ賊多し。
When law ends, tyranny begins.(イギリス)
法の終るところ、虐政の始まるところ。
The law has a nose of wax; one can twist it as the will.(ドイツ)
法は臘細工の鼻を持つ、故に勝手に曲げることが出来る。
The law helps those who help themselves.(ドイツ)
法は自ら助くる者を助く。
Law cannot persuade where it cannot punish.(イギリス)
罰することの出来ぬ法は勧めることも出来ぬ。
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三 裁判については、
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Justice is never angry.(ベン・ジョンソン)
正義は怒ることなし。
A person ought not to be a judge in his own cause.(イギリス)
自己の訴訟に裁判官たること勿《なか》れ。
No one is a good judge in his own cause.
自己の訴訟に善い裁判官となれる者はない。
Don't hear one and judge two.
一方を聴いて双方を裁判するな。
(「片口聴いて公事《くじ》をわくるな」に同じ)
Judges should have two ears both alike.(ドイツ)
裁判官は左右同じ耳を持たねばならぬ。
(「両方聞いて下知をなせ」に近し。「史記」に「凡聴レ訟者必須二両辞一可三以定二是非一、偏信二一言一折レ獄者、乃吏職之短才也」[#「一言」の「一」をのぞいて「レ一二三」は返り点]とあり)
Well to judge depends on well to hear.(イタリア)
善い裁判は善い審問による。
You cannot judge of the wine by the barrel.(イギリス)
樽で酒を判断してはならぬ。
Justice oft leans to the side where the purse hangs.(デンマルク)
正義の秤は財布の乗った方へ傾きやすい。
Law's delay.(シェークスペーア)
法の遅滞。
(「公事三年」に同じ)
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四 訴訟については、
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No man may be both accuser and judge.(プルータルク)
何人《なんぴと》も訴人と判官とを兼ぬる能わず。
Possession is nine points of the law.(イギリス)
占有には九分の勝味あり。
Possession is as good as a title.(イギリス)
占有は権証に等し。
By lawsuit no one has become rich.(ドイツ)
訴訟に依って富める者なし。
Fond of lawsuits, little wealth; fond of doctors little health.(イギリス)
訴を好む者は財産少なく、医を好む者は健康少なし。
Lawsuits make the parties lean, the lawyers fat.(ドイツ)
訴訟は原被告を瘠《や》せさせ、弁護士を肥らせる。
(「公事訴訟は代言肥やし」に同じ)
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五 刑法および犯罪については、
[#ここから2字下げ、「レ一二三」は返り点]
Better ten guilty escape than one innocent suffer.(イギリス)
一人の冤罪者あらんよりは十人の逃罪者あらしめよ。
(「与三其殺二不辜一、寧失二不経一」に同じ)
Little thieves have iron chains, great thieves gold ones.(オランダ)
小盗は鉄鎖、大盗は金鎖。
(「窃レ財者盗、窃レ国者王」に同じ)
Petty crimes are punished, great, rewarded.(ベン・ジョンソン)
小罪は罰せられ、大罪は賞せらる。
(「窃レ鉤者誅、窃レ国者為二諸侯一」に同じ)
Successful crime is called virtue.(セネカ)
成功せる犯罪は徳義と称せらる。
Opportunity makes the thief.(イギリス)
機会は盗を作る。
The hole invites the thief.(イギリス)
穴は賊を招く。
Set a thief to catch a thief.(イギリス)
賊を捕うるに賊をもってす。
Show me a liar and I will show you a thief.(イギリス)
嘘つきを出せ、泥棒を見せてやろう。
All are not thieves whom the dogs bark at.(ドイツ)
犬に吠えられる者は必らず泥棒と極ってはおらぬ。
A thief thinks every man steals.(デンマルク)
泥棒は誰れでも盗みをするものじゃと思うている。
He that steals can hide.(イギリス)
盗む者は隠すことが出来る。
You are a fool to steal, if you can't conceal.(イギリス)
隠すことを知らずして盗む者は愚人なり。
No receiver, no thief.(イギリス)
受贓者なければ盗賊なし。
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六 弁護士については、
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Lawyers are men who hire out their words and anger.(マーシャル)
弁護士とは言語と憤怒とを賃貸する人をいう。
A good lawyer is a bad neighbour.(イギリス)
善き法律家は悪しき隣人なり。
The more lawyers, the more processes.(イギリス)
弁護士多ければ訴
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