ト、これが即ち有名なる法典争議の発端となったものである。ティボーのこの著書における論旨の要点は、ゼルマン民族の一致合同を図り、内に国民の進歩を計り、外に侵略を防ごうとするには、須《すべか》らく先ずドイツ諸国に通ずる民法法典を制定し、全民族をして同一法律の下に棲息せしめ、同一の権利を享有せしめなければならない。実に民族の統一は法律の統一(Rechtseinheit)に依って得らるべきものであるというにあった。このティボーの説は、当時の学者政治家に大なる感動を与え、一時は法律統一をもってドイツ復興策中最も適切なるものと考えられるに至った。
 しかるに当時ベルリン大学の教授であったザヴィニーは、これに対して「立法および法学における現時の要務」(Beruf unserer Zeit fuer Gesetzgebung und Rechtswissenschaft. 1814.)と題する一書を著わして、ティボーの法典編纂論を反駁した。その要領に曰く、法は発達するものであって、決して製作すべきものではない。一国に法律あるはあたかも国民に国語あるが如く、一国民は大字典の編纂に依ってその国民普通の言語を作ること能わざるが如く、如何なる国民といえども、単に普通法典を作成することに依ってその国民普通の権利を創製することの出来るものではない。法律は国民の精神(Volksgeist)の現われたもので、特に国民の権利の確信(Rechtsueberzeugung)より生ずるものである。法は国民の支体であって、衣服ではない。故にティボーの言うが如く、数年にしてこれを仕立て、これを着用せしめる訳には行かぬものである。故に我民族の法律的統一をなさんと欲せば、須《すべか》らく先ずゼルマン民族の権利確信を統一しなければならない。単に普通法典の編纂に依ってその目的を達しようとするが如きは、あたかも木に縁《よ》って魚を求むるが如きものであって、むしろ退いて網を結び、大いに法律学を起して国民精神を明確にし、徐《おもむ》ろに民族の権利思想の統一を待つには如かないのであると論じた。
 これを要するに、ティボーは自然法学説を信じて、法は万世不変、万国普通なものであるから、法典は何時にても作り得べきものとしたのであるが、ザヴィニーはこれに反して、法は国民的、発達的なものであるとしたのであった。そしてこの法典争議は、素
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