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 七三 命賭けの発案権


 ギリシアのシャロンダスがドリアン法を制定した時に発した命令は頗る奇抜である。曰く、「この法典の改修または新法の制定を発議せんと欲する者は、頸に一条の縄を懸けて議会に臨むべし。もしその議案にして否決せられたるときは、発議者は直ちにその縄をもって絞殺の刑に処せらるべきものなり」と。
 今の議会には、まさかかくの如き奇法を布《し》く訳にも行くまいが、議員たるものは、宜しく頸に絞索《こうさく》を懸けた位の気持になって、真面目に立法参与の大任を完《まった》くしてもらいたいものである。
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 七四 酩酊者の責任


 ギリシア七聖の一人に、ピッタコス(Pittakos)という人があった。「機を知れ」という名言を吐いたので有名な人であるが、暴君メランクロス(Melanchros)の虐政から市民を救ったために、衆に推されて心ならずも国政を料理する身となった。元来栄達に志す人ではなかったから、位に即《つ》いた後、種々の善政を布き、良法を設けて、市民の信頼に報い了《お》わり、直ちに位を棄《す》つること弊履《へいり》の如くであった。
 このピッタコスの定めた法律の中に「酔うて人を殴《う》つ者の罰は、醒《さ》めて人を殴つ者の罰に倍すべし」という規則がある(Hooker's Ecclesiastical Polity.)。これは甚だ面白い考えで、酔者は醒者よりも国家に取って危険な人民である。飲酒という行為は未だ罪にならぬけれども、もし悪結果を生じたならば、その悪結果より反致して、飲酒を責任の目的とすることが出来る。また飲酒と殴打とは、行為の聯絡があるから、二種の罰を蒙らすことが出来る。これ予防主義から見ても、懲戒主義から見ても、鑑戒主義から見ても、大いに理由のあることである。ただし古風なる自由意思論者はあるいはこれを非とするであろう。
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 七五 蛙児必ずしも蛙ならず


 テンタルデン卿は、素《も》と理髪師の子であったが、法律を学んでバリストルとなり、後には高等裁判所の判事総長に進み、貴族にも列せられたほどの人であって、その判決には、判例として有名なものが多いのは、英法を学ぶ者のよく知るところである。
 未だバリストルであった頃、彼は或事件について法廷で相手の弁護士と論争した。論熱し語激する余り、相手は終に人身攻撃の卑劣手
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