望なき回復を謀《はか》るがためいたずらに病苦《びょうく》を長くするよりも、モルヒネなど与えて臨終《りんじゅう》を安楽《あんらく》にするこそ智なるがごとくなれども、子と為《な》りて考うれば、億万中の一を僥倖《ぎょうこう》しても、故《ことさ》らに父母の死を促《うな》がすがごときは、情において忍《しの》びざるところなり。
左《さ》れば自国の衰頽《すいたい》に際し、敵に対して固《もと》より勝算《しょうさん》なき場合にても、千辛万苦《せんしんばんく》、力のあらん限りを尽《つく》し、いよいよ勝敗の極《きょく》に至りて始めて和を講ずるか、もしくは死を決するは立国の公道にして、国民が国に報ずるの義務と称すべきものなり。すなわち俗にいう瘠我慢《やせがまん》なれども、強弱|相対《あいたい》していやしくも弱者の地位を保つものは、単《ひとえ》にこの瘠我慢に依《よ》らざるはなし。啻《ただ》に戦争の勝敗のみに限らず、平生の国交際においても瘠我慢の一義は決してこれを忘るべからず。欧州にて和蘭《オランダ》、白耳義《ベルギー》のごとき小国が、仏独の間に介在《かいざい》して小政府を維持するよりも、大国に合併《がっぺい》
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