《かえり》みて箱館《はこだて》の旧を思い、当時|随行《ずいこう》部下の諸士が戦没《せんぼつ》し負傷したる惨状《さんじょう》より、爾来《じらい》家に残りし父母兄弟が死者の死を悲しむと共に、自身の方向に迷うて路傍《ろぼう》に彷徨《ほうこう》するの事実を想像し聞見《もんけん》するときは、男子の鉄腸《てっちょう》もこれが為《た》めに寸断《すんだん》せざるを得ず。夜雨《やう》秋《あき》寒《さむ》うして眠《ねむり》就《な》らず残燈《ざんとう》明滅《めいめつ》独《ひと》り思うの時には、或は死霊《しりょう》生霊《いきりょう》無数の暗鬼《あんき》を出現して眼中に分明なることもあるべし。
蓋《けだ》し氏の本心は、今日に至るまでもこの種の脱走士人《だっそうしじん》を見捨てたるに非ず、その挙を美としてその死を憐《あわれ》まざるに非ず。今一証を示さんに、駿州《すんしゅう》清見寺内《せいけんじない》に石碑《せきひ》あり、この碑は、前年幕府の軍艦|咸臨丸《かんりんまる》が、清水港《しみずみなと》に撃《う》たれたるときに戦没《せんぼつ》したる春山弁造《はるやまべんぞう》以下脱走士の為《た》めに建てたるものにして、碑
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