いがい》無益《むえき》の労費《ろうひ》と認め、味方に勝算《しょうさん》なき限りは速《すみやか》に和《わ》して速に事《こと》を収《おさむ》るに若《し》かずとの数理を信じたるものより外ならず。その口に説くところを聞けば主公の安危《あんき》または外交の利害などいうといえども、その心術の底《そこ》を叩《たたい》てこれを極《きわ》むるときは彼《か》の哲学流の一種にして、人事国事に瘠我慢《やせがまん》は無益なりとて、古来日本国の上流社会にもっとも重んずるところの一大主義を曖昧糢糊《あいまいもこ》の間《かん》に瞞着《まんちゃく》したる者なりと評して、これに答うる辞《ことば》はなかるべし。一時の豪気《ごうき》は以て懦夫《だふ》の胆《たん》を驚《おどろ》かすに足り、一場の詭言《きげん》は以て少年輩の心を籠絡《ろうらく》するに足るといえども、具眼卓識《ぐがんたくしき》の君子《くんし》は終《つい》に欺《あざむ》くべからず惘《し》うべからざるなり。
 左《さ》れば当時|積弱《せきじゃく》の幕府に勝算《しょうさん》なきは我輩《わがはい》も勝氏とともにこれを知るといえども、士風維持の一方より論ずるときは、国家|存
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