すべからずといい、主公の身の上|危《あやう》しといい、或は言を大にして墻《かき》に鬩《せめ》ぐの禍は外交の策にあらずなど、百方|周旋《しゅうせん》するのみならず、時としては身を危《あやう》うすることあるもこれを憚《はばか》らずして和議《わぎ》を説《と》き、ついに江戸解城と為《な》り、徳川七十万石の新封《しんぽう》と為りて無事《ぷじ》に局を結びたり。実に不可思議千万《ふかしぎせんばん》なる事相《じそう》にして、当時或る外人の評に、およそ生あるものはその死に垂《なんな》んとして抵抗を試みざるはなし、蠢爾《しゅんじ》たる昆虫《こんちゅう》が百貫目の鉄槌《てっつい》に撃《う》たるるときにても、なおその足を張《はっ》て抵抗の状をなすの常なるに、二百七十年の大政府が二、三強藩の兵力に対して毫《ごう》も敵対《てきたい》の意なく、ただ一向《いっこう》に和《わ》を講《こう》じ哀《あい》を乞《こ》うて止《や》まずとは、古今世界中に未だその例を見ずとて、竊《ひそか》に冷笑《れいしょう》したるも謂《いわ》れなきにあらず。
 蓋《けだ》し勝氏《かつし》輩《はい》の所見《しょけん》は内乱の戦争を以て無上の災害《さ
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