亡《そんぼう》の危急《ききゅう》に迫《せま》りて勝算の有無《うむ》は言うべき限りにあらず。いわんや必勝《ひっしょう》を算《さん》して敗《はい》し、必敗《ひっぱい》を期して勝《か》つの事例も少なからざるにおいてをや。然《しか》るを勝氏は予《あらかじ》め必敗を期し、その未だ実際に敗れざるに先んじて自《みず》から自家の大権《たいけん》を投棄《とうき》し、ひたすら平和を買わんとて勉《つと》めたる者なれば、兵乱のために人を殺し財を散ずるの禍《わざわい》をば軽くしたりといえども、立国の要素たる瘠我慢《やせがまん》の士風を傷《そこな》うたるの責《せめ》は免《まぬ》かるべからず。殺人《さつじん》散財《さんざい》は一時の禍にして、士風の維持は万世《ばんせい》の要なり。これを典《てん》して彼《かれ》を買う、その功罪|相償《あいつぐな》うや否《いな》や、容易に断定すべき問題にあらざるなり。
 或はいう、王政維新《おうせいいしん》の成敗《せいはい》は内国の事にして、いわば兄弟|朋友《ほうゆう》間の争いのみ、当時東西|相敵《あいてき》したりといえどもその実は敵にして敵にあらず、兎《と》に角《かく》に幕府が最後の
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