き、これなり。すでに食らいすでに飲むときは、口腹の慾、もって満足すべしといえども、なお足らざるものあり。衣服なかるべからず、住居なかるべからず。衣食住居すでに備わり、一家もって安楽なり。なお足らざるものあり。隣人のつきあいなかるべからず、社会の交際なかるべからず。
すでに交際あるときは、その交《まじわ》るところの者は高尚にして美ならんことを欲するもまた人情なり。他人の醜美は我が形体の苦楽に関係なきものなれども、その美を欲するはあたかも我が家屋を装い庭園を脩《おさ》め、自からこれを観《み》て快楽を覚ゆるの情に異《こと》ならず。家屋庭園の装飾はただちに我が形体の寒熱|痛痒《つうよう》に感ずるに非《あら》ざれども、精神の風致を慰《なぐさむ》るの具《ぐ》にして、戸外の社会に交りてその社会の美を観るもまた、我が精神の情を慰めて愉快を覚えしむるの術なり。
現に今日の人間交際を見るに、いかなる人にても、交《まじわり》を求むるに上流を避けて下流につく者を見ず。ことさらに富貴の人を嫌うて、貧賤を友とする者を見ず。その富貴上流の人に交るや、必ずしも(往々あれども)彼の富貴を取りて我に利するに非ざれども
前へ
次へ
全14ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
福沢 諭吉 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング