るをえず。その平安の美は煙草の麁葉にひとしきものといいて可なり。
 またある人の説に、平安を好むは人情において、あるいは然るに似たりといえども、今日の事実においておおいに然らざるものあり。大は各国の交際に権を争い、小は人々《にんにん》の渡世に利を貪《むさぼ》り、はなはだしきは物を盗み人を殺すものあり。なおはなはだしきは、かの血気の少年軍人の如きは、ひたすら殺伐戦闘をもって快楽となし、つねに世の平安をいとうて騒乱多事を好むが如し。ゆえに平安の主義は、人類のこの一部分に行われて、他の一部分には通用すべからずとの問題あれども、この問題に答うるははなはだ難きに非ず。国の権を争い人の利を貪《むさ》ぼるは、他なし、自国自身の平安を欲する者なり。
 また、物を盗み人を殺す者といえども、自から利して自己の平安幸福をいたさんと欲するにすぎず。盗んでこれを匿《かく》し、殺して遁逃《とんとう》するは何ぞや。他の平安幸福をば害すれども、おのずから害するを好まざるの証なり。また、いかなる盗賊にても博徒にても、外に対しては乱暴無状なりといえども、その内部に入りて仲間の有様を見れば、朋輩の間、自《おのず》から約束あ
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