実において明白なり。(今年数十名の藩士が脱走《だっそう》して薩《さつ》に入りたるは、全くその脱走人限りのことにして、爾余《じよ》の藩士に関係あることなし。)然《しか》りといえども、今日の事実かくのごとくにして、果して明日の患《うれい》なきを期すべきや。これを察せざるべからず。今日の有様を以て事の本位と定め、これより進むものを積極となし、これより退《しりぞ》くものを消極となし、余輩をしてその積極を望ましむれば期《き》するところ左《さ》のごとし。
 すなわち今の事態を維持《いじ》して、門閥の妄想《もうそう》を払い、上士は下士に対して恰《あたか》も格式りきみの長座《ちょうざ》を為《な》さず、昔年のりきみは家を護り面目《めんもく》を保つの楯《たて》となり、今日のりきみは身を損《そん》じ愚弄《ぐろう》を招《まね》くの媒《なかだち》たるを知り、早々にその座を切上げて不体裁《ぶていさい》の跡を収め、下士もまた上士に対して旧怨《きゅうえん》を思わず、執念《しゅうねん》深きは婦人の心なり、すでに和するの敵に向うは男子の恥《はず》るところ、執念《しゅうねん》深きに過ぎて進退《しんたい》窮《きゅう》するの愚
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