にはあらざれども、真に市校に心を帰して疑わざる者は、果して門閥の念を断絶する人物なるが故に、本文のごとくこれを証するのみ。)下等士族の輩《はい》が上士に対して不平を抱《いだ》く由縁《ゆえん》は、専《もっぱ》ら門閥|虚威《きょい》の一事に在《あり》て、然《しか》もその門閥家の内にて有力者と称する人物に向《むかっ》て敵対の意を抱《いだ》くことなれども、その好敵手《こうてきしゅ》と思う者が首《しゅ》として自《みず》から門閥の陋習《ろうしゅう》を脱したるが故に、下士は恰《あたか》も戦わんと欲して忽《たちま》ち敵の所在を失《うしな》うたる者のごとし。敵のためにも、味方のためにも、双方共に無上の幸《さいわい》というべし。故にいわく、市学校は旧中津藩の僥倖《ぎょうこう》を重ねて固くして真の幸福となしたるものなり。
余輩《よはい》の所見《しょけん》をもって、旧中津藩の沿革《えんかく》を求め、殊《こと》に三十年来、余が目撃と記憶に存する事情の変化を察すれば、その大略、前条のごとくにして、たとい僥倖にもせよ、または明《あきらか》に原因あるにもせよ、今日旧藩士族の間に苦情争論の痕跡《こんせき》を見ざるは事
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