するは祝すべきことなれども、学者はただこれに眼《まなこ》を着《ちゃく》し、これを議論に唱うるのみにして、その施行の一段にいたりては、ことごとくこれを政府の政《まつりごと》に托し、政府はこの法をかくの如くしてこの事をかくの如くなすべしといい、この事の行われざることあらば、この法をもってこれを禁ずべしといい、これを禁じこれを勧め、一切万事、政府の道具仕掛けをもって天下の事を料理すべきものと思い、はなはだしきは己れ自から政府の地位に進み、自からその事を試んとする者なきに非ず。これすなわち上書建白《じょうしょけんぱく》の多くして、官府に反故《ほご》のうずたかきゆえんなり。
 かりにその上書建白をして御採用の栄を得せしめ、今一歩を進めて本人も御抜擢《ごばってき》の命を拝することあらん。而《しこう》してその素志《そし》果して行われたるか、案に相違の失望なるべし。人事の失望は十に八、九、弟は兄の勝手に外出するを羨《うらや》み、兄は親爺《おやじ》の勝手に物を買うを羨み、親爺はまた隣翁の富貴自在なるを羨むといえども、この弟が兄の年齢となり、兄が父となり、親爺が隣家の富を得るも、決して自由自在なるに非ず、
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