学者安心論
福沢諭吉

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)店子《たなこ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)地代|小作米《こさくまい》
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   学者安心論

 店子《たなこ》いわく、向長屋《むこうながや》の家主は大量なれども、我が大家《おおや》の如きは古今無類の不通《ふつう》ものなりと。区長いわく、隣村の小前《こまえ》はいずれも従順なれども、我が区内の者はとかくに心得方《こころえかた》よろしからず、と。主人は以前の婢僕《ひぼく》を誉《ほ》め、婢僕は先《せん》の旦那を慕う。ただに主僕の間のみならず、後妻をめとりて先妻を想うの例もあり。親愛尽きはてたる夫婦の間も、遠ざかればまた相想うの情を起すにいたるものならん。されば今、店子と家主と、区長と小前と、その間にさまざまの苦情あれども、その苦情は決して真の情実を写し出したるものに非ず。この店子をして他の家主の支配を受けしめ、この区長を転じて隣村の区長たらしめなば、必ずこれに満足せずして旧を慕うことあるべし。
 而《しこう》してその旧、必ずしも良なるに非ず、その新《しん》、必ずしも悪しきに非ず。
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