るのでした。
『あらッ若子さん。』
『美子さん、此処よ。』
 若子さんが白い美しい手を、私の方へお伸しでしたから、私も其手につかまって、二人一緒に抱合う様にして、辛《やっ》と放れないで待合室の傍まで行ったのでした。此処も一杯で、私達は迚《とて》も這入れそうもありませんでした。
『若子さん、大層な人ですこと。貴女の御兄さんが御着きなさっても、御目に掛れるでしょうか知ら。』
『私|何《どう》したッても、何様《どんな》酷い目に会っても、兄さんに御目に掛ってよ。』
『私もそうよ。久振りで御目に掛るんですもの。』
『あらいやだ。』
 若子さんは頓興に大きな声で、斯うお云いでしたから、何かと思うと、また学生がつい其処に立って居るのでした。
『何だか可厭《いや》な人だわ。』
『そうねえ。』
『彼方へ行った方が可いね。』
 若子さんが人と人との間を潜る様にして、急歩《いそ》いでお行でですから、私も其後に尾いて行きながら、振返って見ますと、今度は学生も尾いて来ませんでした。
『若子さん、あの学生の方は何したって云うんでしょう。』
『何だか知らないけれど、可厭な人ですねえ……あらッ、彼方《あのかた》を御覧
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