子さんは、色の黒い眼の可怖《こわ》い学生らしい方に押されながら、私の方を見返って、
『なに大丈夫よ。私前に行くからね、美子《とよこ》さん尾《つ》いてらッしゃいよ。』
『押されるわ。』
 私は若子さんの後に尾いて、停車場の内へ這入ろうとした時、其処に物思わしげな顔をしながら、きょろきょろ四辺《あたり》を見廻して居た女の人を見ました。唯一目見たばかりですが、何だか可哀相で可哀相でならない気が為《し》たのでした。
 そうねえ、年は、二十二三でもありましょうか。そぼうな扮装《なり》の、髪はぼうぼうと脂気の無い、その癖、眉の美しい、悧発《りこう》そうな眼付の、何処にも憎い処の無い人でした。それに生れて辛《や》っと五月ばかしの赤子さんを、懐裏《ふところ》に確と抱締めて御居でなのでした。此様《こんな》女の人は、多勢の中ですもの、幾人もあったでしょうが、其|赤《あか》さんを懐《だ》いて御居での方が、妙に私の心を動かしたのでした。
『美子さん、早く入《いら》ッしゃいよ。あら、はぐれるわ。』
 若子さんに呼ばれて、私ははッと思って、若子さんの方へ行こうとすると、二人の間を先刻《さっき》の学生に隔てられて居
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