人者だと」と、西宮はわざとらしく言う。
「だッて、一人者じゃアありませんか」と、吉里は西宮を見て淋《さみ》しく笑い、きッと平田を見つめた。見つめているうちに眼は一杯の涙となッた。

     二

 平田は先刻《さきほど》から一言《ひとこと》も言わないでいる。酒のない猪口《ちょく》が幾たび飲まれるものでもなく、食いたくもない下物《さかな》を※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《むし》ッたり、煮えつく楽鍋《たのしみなべ》に杯泉《はいせん》の水を加《さ》したり、三つ葉を挾《はさ》んで見たり、いろいろに自分を持ち扱いながら、吉里がこちらを見ておらぬ隙《すき》を覘《ねら》ッては、眼を放し得なかッたのである。隙を見損《みそこ》なッて、覚えず今吉里へ顔を見合わせると、涙一杯の眼で怨《うら》めしそうに自分を見つめていたので、はッと思いながら外《はず》し損ない、同じくじッと見つめた。吉里の眼にはらはら[#「はらはら」に傍点]と涙が零《こぼ》れると、平田はたまらなくなッてうつむいて、深く息を吐《つ》いて涙ぐんだ。
 西宮は二人の様子に口の出し端《は》を失い、酒はなし所在はなし、またもや次の間へ
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