声をかけた。
「おい、まだかい」
「ああやッと出来ましたよ」と、小万は燗瓶《かんびん》を鉄瓶から出しながら、「そんなわけなんだからね。いいかね、お熊どん。私がまた後でよく言うからね、今晩はわがままを言わせておいておくれ」
「どうかねえ。お頼み申しますよ」と、お熊は唐紙《からかみ》越しに、「花魁、こなたの御都合でねえ、よござんすか」
「うるさいよッ」と、吉里も唐紙越しに睨んで、「人のことばッかし言わないで、自分も気をつけるがいいじゃアないか。ちッたアそこで燗番でもするがいいんさ。小万さんの働いておいでなのが見えないのか。自分がいやなら、誰かよこしとくがいいじゃアないか」
「はい、はい。どうもお気の毒さま」と、お熊は室外《そと》へ出た。
「本統に誰かよこしておくんなさいよ。お梅どんがどッかいるだろうから、来るように言ッておくんなさいよ」と、小万も上の間へ来ながら声をかけたが、お熊はもういないのか返辞がなかッた。
「あんないやな奴《やつ》ッちゃアないよ。新造《しんぞ》を何だと思ッてるんだろう。花魁に使われてる奉公人じゃアないか。あんまりぐずぐず言おうもんなら、御内所へ断わッてやるぞ。何だろう
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