ッておくれ。本統に呆れた人だよ」
 吉里は悄然《しょうぜん》として立ち上ッた。
「きッと平田さんへ届けておくんなさいよ」
 小万は返辞をしなかッた。
 次の間へ出た吉里はまた立ち戻ッて、「小万さん、頼みますよ。西宮さんへもよろしくねえ」
 小万はまた返辞をしなかった。
 吉里はお梅を見て、「お梅どん、平田さんの時分にはいろいろお世話になッたッけね。西宮さんがおいでなさッたら、吉里がよろしく申しましたと言ッておくれよ。お梅どん、頼みますよ」
 お梅はうつむいて、これも返辞をしなかッた。
 吉里は上の間の小万をじッと見て、やがて室を出て行ッたかと思うと、隣の尾車《おぐるま》という花魁の座敷の前で、大きな声で大口を利くのが、いかにも大酔しているらしく聞えた。
 その日も暮れて見世を張る時刻になッた。小万はすでに裲襠《しかけ》を着、鏡台へ対《むか》って身繕いしているところへ、お梅があわただしく駈けて来て、
「花魁、大変ですよ。吉里さんがおいでなさらないんですッて」
「えッ、吉里さんが」
「御内所じゃ大騒ぎですよ。裏の撥橋《はねばし》が下りてて、裏口が開けてあッたんですッて」
「え、そうかねえ。
前へ 次へ
全86ページ中83ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
広津 柳浪 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング