に臂《ひじ》をもたせて、両手で頭を押えてうつむいている吉里の前に、新造《しんぞ》のお熊が煙管《きせる》を杖《つえ》にしてじろじろと見ている。
行燈は前の障子が開けてあり、丁字《ちょうじ》を結んで油煙が黒く発《た》ッている。蓋《ふた》を開けた硯箱《すずりばこ》の傍には、端を引き裂いた半切《はんきれ》が転がり、手箪笥の抽匣《ひきだし》を二段斜めに重ねて、唐紙の隅《すみ》のところへ押しつけてある。
お熊が何か言おうとした矢先、階下《した》でお熊を呼ぶ声が聞えた。お熊は返辞をして立とうとして、またちょいと蹲踞《しゃが》んだ。
「ねえ、よござんすか。今晩からでも店にお出なさいよ。店にさえおいなさりゃ、御内所《ごないしょ》のお神さんもお前さんを贔屓《ひいき》にしておいでなさるんだから、また何とでも談話《はなし》がつくじゃアありませんか。ね、よござんすか。あれ、また呼んでるよ。よござんすか、花魁。もう今じゃ来なさらないけれども、善さんなんぞも当分呼ばないことにして、ねえ花魁、よござんすか。ちょいと行ッて来ますからね、よく考えておいて下さいよ。今行くてえのにね、うるさく呼ぶじゃないか。よござんすか
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