た小万さんでさえ、もうとうから交際《つきあわ》ないんだよ」
「あんな義理を知らない人と、誰が交際《つきあ》うものかね。私なんか今怒ッちゃア損だから、我慢して口を利いてるんさ。もうじきお正月だのに、いつ返してくれるんだろう」
「本統だね。明日指環を返さなきゃ、承知しやアしない」
「煤払《すすはら》いの時、衆人《みんな》の前で面《つら》の皮を引《ひ》ん剥《む》いておやりよ」
「それくらいなことをしたッて平気だろうよ。あんな義理知らずはありゃアしないよ」
 名山がふと廊下の足音を見返ると、吉里が今便所から出て湯殿の前を通るところであッた。しッと言ッた名山の声に、一同廊下を見返り、吉里の姿を見ると、さすがに気の毒になッて、顔を見合わせて言葉を発する者もなかッた。

     *    *    *

 吉里は用事をつけてここ十日ばかり店を退《ひ》いているのである。病気ではないが、頬に痩《や》せが見えるのに、化粧《みじまい》をしないので、顔の生地は荒れ色は蒼白《あおざめ》ている。髪も櫛巻《くしま》きにして巾《きれ》も掛けずにいる。年も二歳《ふたつ》ばかり急に老《ふ》けたように見える。
 火鉢の縁
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