》めててくれりゃア、私も大助かりだ。あいたたた。太股《ふともも》ふッつりのお身替りなざア、ちとありがた過ぎる方だぜ。この上|臂突《ひじつ》きにされて、ぐりぐりでも極《き》められりゃア、世話アねえ。復讐《しかえし》がこわいから、覚えてるがいい」
「だッて、あんまり憎らしいんだもの」と、吉里は平田を見て、「平田さん、お前さんよく今晩来たのね。まだお国へ行かないの」
 平田はちょいと吉里を見返ッてすぐ脇《わき》を向いた。
「さアそろそろ始まッたぞ。今夜は紋日《もんび》でなくッて、紛紜日《もめび》とでも言うんだろう。あッちでも始まればこッちでも始まる。酉《とり》の市《まち》は明後日《あさッて》でござい。さア負けたア負けたア、大負けにまけたアまけたア」と、西宮は理《わけ》も分らぬことを言い、わざとらしく高く笑うと、「本統に馬鹿にしていますね」と、吉里も笑いかけた。
「戯言《じょうだん》は戯言だが、さッきから大分|紛雑《もめ》てるじゃアないか。あんまり疳癪を発《おこ》さないがいいよ」
「だッて。ね、そら……」と、吉里は眼に物を言わせ、「だもの、ちッたあ疳癪も発りまさアね」
「そうかい。来てるのかい
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