、房々と大波を打ッて艶《つや》があって真黒であるから、雪にも紛う顔の色が一層引ッ立ッて見える。細面ながら力身《りきみ》をもち、鼻がすッきりと高く、きッと締ッた口尻の愛嬌《あいきょう》は靨《えくぼ》かとも見紛われる。とかく柔弱《にやけ》たがる金縁の眼鏡も厭味《いやみ》に見えず、男の眼にも男らしい男振りであるから、遊女なぞにはわけて好かれそうである。
吉里が入ッて来た時、二客《ふたり》ともその顔を見上げた。平田はすぐその眼を外《そ》らし、思い出したように猪口《ちょく》を取ッて仰ぐがごとく口へつけた、酒がありしや否やは知らぬが。
吉里の眼もまず平田に注いだが、すぐ西宮を見て懐愛《なつか》しそうににッこり笑ッて、「兄さん」と、裲襠《しかけ》を引き摺ッたまま走り寄り、身を投げかけて男の肩を抱《いだ》いた。
「ははははは。門迷《とまど》いをしちゃア困るぜ。何だ、さッきから二階の櫺子《れんじ》から覗いたり、店の格子に蟋蟀《きりぎりす》をきめたりしていたくせに」と、西宮は吉里の顔を見て笑ッている。
吉里はわざとつんとして、「あんまり馬鹿におしなさんなよ。そりゃ昔のことですのさ」
「そう諦《あきら
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