は障子の外から声をかけた。
「静かにしておくれ。お客さまがいらッしゃるんだよ」
「御免なさいまし」と、お熊は障子を開けて、「小万さんの花魁、どうも済みませんね」と、にッこり会釈し、今奥へ行こうとする吉里の背後《うしろ》から、「花魁、困るじゃアありませんか」
「今行くッたらいいじゃアないか。ああうるさいよ」と、吉里は振り向きもしないで上の間へ入ッた。
 客は二人である。西宮は床の間を背《うしろ》に胡座《あぐら》を組み、平田は窓を背《うしろ》にして膝《ひざ》も崩《くず》さずにいた。
 西宮は三十二三歳で、むッくりと肉づいた愛嬌《あいきょう》のある丸顔。結城紬《ゆうきつむぎ》の小袖に同じ羽織という打扮《いでたち》で、どことなく商人らしくも見える。
 平田は私立学校の教員か、専門校の学生か、また小官員《こかんいん》とも見れば見らるる風俗で、黒七子《くろななこ》の三つ紋の羽織に、藍縞《あいじま》の節糸織《ふしいとおり》と白ッぽい上田縞の二枚小袖、帯は白縮緬《しろちりめん》をぐい[#「ぐい」に傍点]と緊《しま》り加減に巻いている。歳《とし》は二十六七にもなろうか。髪はさまで櫛《くし》の歯も見えぬが
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