なぜそんな心細いことをお言いなさるんですよ」と、吉里の声もやや沈んで来た。
「心細いと言やア吉里さん」と、善吉は鼻を啜《すす》ッて、「私しゃもう東京にもいられなければ、どこにもいられなくなッたんです。私も美濃屋善吉――富沢町で美濃善と言ッちゃア、ちッたア人にも知られた店ももッていたんだが……。お熊どんは二三度来てくれたこともあッたから知ッていよう、三四人の奉公人も使ッていたんだが、わずか一年|過《た》つか過たない内に――花魁のところに来初めてからちょうど一年ぐらいになるだろうね――店は失《な》くなすし、家は他人《ひと》の物になッてしまうし、はははは、私しゃ宿なしになッちまッたんだ」
「えッ」と、吉里はびッくりしたが、「ほほほほ、戯言《じょうだん》お言いなさんな。そんなことがあるもんですか」
「戯言だ。私も戯言にしたいんだ」
善吉の様子に戯言らしいところはなく、眼には涙を一杯もッて、膝をつかんだ拳《こぶし》は顫えている。
「善さん、本統なんですか」
「私が意気地なしだから……」と、善吉はその上を言い得ないで、頬が顫えて、上唇もなお顫えていた。
冷遇《ふり》ながら産を破らせ家をも失わし
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