意地ばかりでなく、真心《しんしん》修羅《しゅら》を焚《もや》すのは遊女の常情《つね》である。吉里も善吉を冷遇《ふッ》てはいた。しかし、憎むべきところのない男である。善吉が吉里を慕う情の深かッただけ、平田という男のあッたためにうるさかッたのである。金に動く新造《しんぞ》のお熊が、善吉のために多少吉里の意に逆らッたのは、吉里をして心よりもなお強く善吉を冷遇《ふら》しめたのである。何だか知らぬけれども、いやでならなかッたのである。別離《わかれ》ということについて、吉里が深く人生の無常を感じた今、善吉の口からその言葉の繰り返されたのは、妙に胸を刺されるような心持がした。
吉里は善吉の盃を受け、しばらく考えていたが、やがて快く飲み乾し、「善さん、御返杯ですよ」と、善吉へ猪口を与え、「お酌をさせていただきましょうね」と、箪笥を放れて酌をした。
善吉は眼を丸くし、吉里を見つめたまま言葉も出でず、猪口を持つ手が戦《ふる》え出した。
九
「善さん、も一つ頂戴しようじゃアありませんか」と、吉里はわざとながらにッこり笑ッた。
善吉はしばらく言うところを知らなかッた。
「吉里さん、献《あ》
前へ
次へ
全86ページ中57ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
広津 柳浪 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング