万が呼び立てた時は、平田も西宮ももう土間に下りていた。吉里は足が縮《すく》んだようで、上《あが》り框《がまち》までは行かれなかッた。
「吉里さん、ちょいと、ちょいと」と、西宮も声をかけた。
吉里は一語《ひとこと》も吐《だ》さないで、真蒼《まッさお》な顔をしてじッと平田を見つめている。平田もじッと吉里を見ていたが、堪えられなくなッて横を向いた時、仲どんが耳門《くぐり》を開ける音がけたたましく聞えた。平田は足早に家外《おもて》へ出た。
「平田さん、御機嫌《ごきげん》よろしゅう」と、小万とお梅とは口を揃《そろ》えて声をかけた。
西宮はまた今夜にも来て様子を知らせるからと、吉里へ言葉を残して耳門《くぐり》を出た。
「おい、気をつけてもらおうよ。御祝儀を戴いてるんだぜ。さようなら、御機嫌よろしゅう。どうかまたお近い内に」
車声《くるま》は走り初めた。耳門はがらがらと閉められた。
この時まで枯木《こぼく》のごとく立ッていた吉里は、小万に顔を見合わせて涙をはらはらと零《おと》し、小万が呼びかけた声も耳に入らぬのか、小走りの草履の音をばたばたとさせて、裏梯子から二階の自分の室へ駈け込み、まだ温
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