気《あたたかみ》のある布団《ふとん》の上に泣き倒れた。
六
万客《ばんきゃく》の垢《あか》を宿《とど》めて、夏でさえ冷やつく名代部屋の夜具の中は、冬の夜の深《ふ》けては氷の上に臥《ね》るより耐えられぬかも知れぬ。新造《しんぞ》の注意か、枕もとには箱火鉢に湯沸しが掛かッて、その傍には一本の徳利と下物《さかな》の尽きた小皿とを載せた盆がある。裾の方は屏風《びょうぶ》で囲われ、頭《かみ》の方の障子の破隙《やぶれ》から吹き込む夜風は、油の尽きかかッた行燈の火を煽《あお》ッている。
「おお、寒い寒い」と、声も戦《ふる》いながら入ッて来て、夜具の中へ潜《もぐ》り込み、抱巻《かいまき》の袖に手を通し火鉢を引き寄せて両手を翳《かざ》したのは、富沢町の古着屋|美濃屋《みのや》善吉と呼ぶ吉里の客である。
年は四十ばかりで、軽《かろ》からぬ痘痕《いも》があッて、口つき鼻つきは尋常であるが、左の眼蓋《まぶた》に眼張《めっぱ》のような疵《きず》があり、見たところの下品《やすい》小柄の男である。
善吉が吉里のもとに通い初めたのは一年ばかり前、ちょうど平田が来初めたころのことである。吉里はとかく
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