ふたり》の外套帽子を取りに小万の部屋へ走ッて行った。
「平田さん」と、小万は平田の傍へ寄り、「本統にお名残り惜しゅうござんすことね。いつまたお目にかかれるでしょうねえ。御道中をお気をおつけなさいよ。貴郷《おくに》にお着きなすッたら、ちょいと知らせて下さいよ。ね、よござんすか。こんなことになろうとはね」
「何だ。何を言ッてるんだ。一言言やア済むじゃアないか」
 西宮に叱られて、小万は顔を背向《そむ》けながら口をつぐんだ。
「小万さん、いろいろお世話になッたッけねえ」と、平田は言いかけてしばらく無言。「どうか頼むよ」その声には力があり過ぎるほどだが、その上は言い得なかった。
 小万も何とも言い得ないで、西宮の後にうつむいている吉里を見ると、胸がわくわくして来て、涙を溢《こぼ》さずにはいられなかッた。
 お梅が帽子と外套を持ッて来た時、階下《した》から上ッて来た不寝番《ねずばん》の仲どんが、催促がましく人車《くるま》の久しく待ッていることを告げた。
 平田を先に一同梯子を下りた。吉里は一番後れて、階段《ふみだん》を踏むのも危険《あぶな》いほど力なさそうに見えた。
「吉里さん、吉里さん」と、小
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