さんはちッともお臥《よ》らないで、こなたの……」と、言い過ぎようとして気がついたらしく、お梅は言葉を切ッた。
「そうか。気の毒だッたなア。さア行こう」
吉里はなお帯を放さぬ。
「まアいいよ。そんなに急がんでもいいよ」と、声をかけながら、障子を開けたのは西宮だ。
「おやッ、西宮さん」と、お梅は見返ッた。
「起きてるのかい」と、西宮はわざと手荒く唐紙を開け、無遠慮に屏風《びょうぶ》の中を覗くと、平田は帯を締め了《おわ》ろうとするところで、吉里は後から羽織を掛け、その手を男の肩から放しにくそうに見えた。
「失敬した、失敬した。さア出かけよう」
「まアいいさ」
「そうでない、そうでない」と、平田は忙がしそうに体を揺すぶりながら室《へや》を出かけた。
「ああ、ちょいと、あの……」と、吉里の声は戦《ふる》えた。
「おい、平田。何か忘れた物があるんじゃアないか」
「なにない。何にもない」
「君はなかろうが……。おい、おい、何をそんなに急ぐのだ」
「何をッて」
西宮は平田の腕を取ッて、「まア何でもいい。用があるから……。まア、少し落ちついて行くさ」と、再び室の中に押し込んで、自分はお梅とともに廊下
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