「えッ。いつ故郷《おくに》へ立発《たつ》んですッて」と、吉里は膝を進めて西宮を見つめた。
「新橋の、明日の夜汽車で」と、西宮は言いにくそうである。
「えッ、明日の……」と、吉里の顔色は変ッた。西宮を見つめていた眼の色がおかしくなると、歯をぎりぎりと噛《か》んだ。西宮がびッくりして声をかけようとした時、吉里はううんと反《そ》ッて西宮へ倒れかかッた。
 折よく入ッて来た小万は、吉里の様子にびっくりして、「えッ、どうおしなの」
「どうしたどころじゃアない。早くどうかしてくれ。どうも非常な力だ」
「しッかりおしよ。吉里さんしッかりおしよ。反ッちゃアいけないのに、あらそんなに反ッちゃア」
「平田はどうした。平田は、平田は」
「平田さんですか」
 いつかお梅も此室《ここ》に来て、驚いて手も出ないで、ぼんやり突ッ立ッていた。
「お梅どんそこにいたのかい。何をぼんやりしてるんだよ。平田さんを早く呼んでおいで。気が利かないじゃアないか。早くおし。大急ぎだよ。反ッちゃアいけないと言うのにねえ。しッかりおしよ。吉里さん。吉里さん」
 お梅はにわかにあわて出し、唐紙へ衝《つ》き当り障子を倒し、素足で廊下を駈
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