さんでも来て下さらなきゃア……」と、また泣き声になッて、「え、よござんすか」
西宮は閉目《ねむっ》てうつむいている。
「よござんすね、よござんすね。本統、本統」と、吉里は幾たびとなく念を押して西宮をうなずかせ、はアッと深く息を吐《つ》いて涙を拭きながら、「兄さんでも来て下さらなきゃア、私ゃ生きちゃアいませんよ」
「よろしい、よろしい」と、西宮はうなずきながら、「平田の方は断念《おもいき》ッてくれるね。私もお前さんのことについちゃア、後来《こののち》何とでもしようから」
「しかたがありません、断念《おもいき》らないわけには行かないのだから。もう、音信《たより》も出来ないんですね」
「さア。そう思ッていてもらわなければ……」と、西宮も判然《はき》とは答えかねた。
吉里はしばらく考え、「あんまり未練らしいけれどもね、後生ですから、明日《あした》にも、も一遍連れて来て下さいよ」と、顔を赧《あか》くしながら西宮を見る。
「もう一遍」
「ええ。故郷《おくに》へ発程《たつ》までに、もう一遍御一緒に来て下さいよ、後生ですから」
「もう一遍」と、西宮は繰り返し、「もう、そんな間《ひま》はないんだよ」
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