、お前さんの方がよく知ッてるはずだ。私がまさかお前さんを欺す……」と、西宮がなお説き進もうとするのを、吉里は慌《あわ》てて遮《さえぎ》ッた。「あら、そうじゃアありませんよ。兄さんには済みません。勘忍して下さいよ。だッて、平田さんがあんまり平気だから……」
「なに平気なものか。平生あんなに快濶《かいかつ》な男が、ろくに口も利《き》き得ないで、お前さんの顔色ばかり見ていて、ここにも居得《いえ》ないくらいだ」
「本統にそうなのなら、兄さんに心配させないで、直接《じか》に私によく話してくれるがいいじゃアありませんか」
「いや、話したろう。幾たびも話したはずだ。お前さんが相手にしないんじゃないか。話そうとすると、何を言うんですと言ッて腹を立つッて、平田は弱りきッていたんだ」
「だッて、私ゃ否《いや》ですもの」と、吉里は自分ながらおかしくなったらしくにっこりした。
「それ御覧。それだもの。平田が談話《はな》すことが出来るものか。お前さんの性質《きしょう》も、私はよく知ッている。それだから、お前さんが得心した上で、平田を故郷《くに》へ出発《たた》せたいと、こうして平田を引ッ張ッて来るくらいだ。不実に
前へ 次へ
全86ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
広津 柳浪 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング