考えりゃア、無断《だんまり》で不意と出発《たっ》て行くかも知れない。私はともかく、平田はそんな不実な男じゃない、実に止むを得ないのだ。もう承知しておくれだッたのだから、くどく言うこともないのだが……。お前さんの性質《きしょう》だと……もうわかッてるんだから安心だが……。吉里さん、本統に頼むよ」
 吉里はまた泣き出した。その声は室外《そと》へ漏れるほどだ。西宮も慰めかねていた。
「へい、お誂《あつら》え」と、仲どんが次の間へ何か置いて行ッたようである。
 また障子を開けた者がある。次の間から上の間を覗いて、「おや、座敷の花魁はまだあちらでございますか」と、声をかけたのは、十六七の眼の大きい可愛らしい女で、これは小万の新造《しんぞ》のお梅である。
「平田さんもまだおいでなさらないんですね」と、お梅は仲どんが置いて行ッた台の物を上の間へ運び、「お飯《まんま》になすッちゃアいかがでございます。皆さんをお呼び申しましょうか」
「まアいいや。平田は吉里さんの座敷にいるかい」
「はい。お一人でお臥《よ》ッていらッしゃいましたよ。お淋《さみ》しいだろうと思ッて私が参りますとね、あちらへ行ッてろとおッし
前へ 次へ
全86ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
広津 柳浪 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング