が泣いてばかりいちゃア、談話《はなし》は出来ないし、実に困りきッていたんだ。これで私もやっと安心した。実にありがたい」
吉里は口にこそ最後の返辞をしたが、心にはまだ諦めかねた風で、深く考えている。
西宮は注《つ》ぎおきの猪口を口へつけて、「おお冷めたい」
「おや、済みません、気がつかないで。ほほほほほ」と、吉里は淋しく笑ッて銚子を取り上げた。
眼千両と言われた眼は眼蓋《まぶた》が腫《は》れて赤くなり、紅粉《おしろい》はあわれ涙に洗い去られて、一時間前の吉里とは見えぬ。
「どうだね、一杯《ひとつ》」と、西宮は猪口をさした。吉里は受けてついでもらッて口へ附けようとした時、あいにく涙は猪口へ波紋をつくッた。眼を閉《ねむ》ッて一息に飲み乾し、猪口を下へ置いてうつむいてまた泣いていた。
「本統でしょうね」と、吉里は涙の眼で外見《きまり》悪るそうに西宮を見た。
「何が」と、西宮は眼を丸くした。
「私ゃ何だか……、欺《だま》されるような気がして」と、吉里は西宮を見ていた眼を畳へ移した。
「困るなア、どうも。まだ疑ぐッてるんだね。平田がそんな男か、そんな男でないか、五六年兄弟同様にしている私より
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