く古郷《くに》へ帰れる。私も心配した甲斐《かい》があるというものだ。実にありがたかッた」
吉里は半ば顔を上げたが、返辞をしないで、懐紙で涙を拭いている。
「他のことなら何とでもなるんだが、一家の浮沈に関することなんだから、どうも平田が帰郷《かえら》ないわけに行かないんでね、私も実に困っているんだ」
「家君《おとッ》さんがなぜ御損なんかなすッたんでしょうねえ」と、吉里はやはり涙を拭いている。
「なぜッて。手違いだからしかたがないのさ。家君さんが気抜けのようになッたと言うのに、幼稚《ちいさ》い弟《おとと》はあるし、妹《いもと》はあるし、お前さんも知ッてる通り母君《おッかさん》が死去《ない》のだから、どうしても平田が帰郷《かえ》ッて、一家の仕法をつけなければならないんだ。平田も可哀そうなわけさ」
「平田さんがお帰郷《かえり》なさると、皆さんが楽におなりなさるんですか」
「そうは行くまい。大概なことじゃ、なかなか楽になるというわけには行かなかろう。それで、急にまた出京《でてく》るという目的《あて》もないから、お前さんにも無理な相談をしたようなわけなんだ。先日来《こないだから》のようにお前さん
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