この低い白い脆さうな天井、……僕の寝てゐる頭とすれすれにあるガラス窓、……僕の足とすれすれにある向側の壁、……真四角な狭い、あまりにも狭い二・五米立方の一室……これは病室なのだらうか、隔離された独房なのだらうか。だが、僕は軽く、軽く生きてゆくよりほかはない。軽く、軽く、夜明けがた僕をつつんでくれた空気の甘いねむり、羽根のやうに柔らかなもの。……誰かが絶えず僕のことを祈つてくれてゐるにちがひない。……僕はぼんやり寝床の中でいつまでも纏らない思考を追つてゐる。
僕の、僕だけの隔離された食事は、もう階下にできてゐる。僕はそつと細い階段を下りてゆく。この細い古びた階段や天井や、いたるところが壁ががはり[#「壁がはり」の誤記か?]に、すりガラスが使用されてゐて、柱らしいものはない。奇妙な家屋の不安定感は、僕が動くたびに僕を脅やかし、いつでも頭上に崩れ落ちて来さうなのだ。僕は、そつと祈るやうにしか歩けない。それに、この家で習慣づけられた、おどおどした動作はもう僕の身についてゐる。そして、僕が階下にゐると、この家の人たちは奥へ引込んでしまふのだが、僕はおどおどと囚人のやうな気持で貧しい朝の食事を
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